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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)280号 判決 1969年2月27日

上告人

林孫熺

代理人

和田栄重

被上告人

内山峰太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人和田栄重の上告理由第一点について。

訴外亡黒勝一、同きそ両名が被上告人の印章を使用した事実はあつても、いまだ両名が本件各根抵当権設定契約を締結する代理権を有していたとは認められない旨の原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)認定の事実は、その挙示する証拠関係に照らして首肯することができる。原判決には何等所論の違法はない。それ故、論旨は、いずれも採用しえない。

同第二点について。

原判決の確定したところによれば、訴外亡黒勝一、同きそが被上告人の代理人と称して第一審判決別紙目録(一)記載の宅地(以下第一物件という。)につき昭和三四年三月二五日被上告人主張の内容の根抵当権を設定した際、これとあわせて貸金債務八〇万円を担保するため停止条件付代物弁済契約を締結して右根抵当権設定登記と同時に所有権移転の仮登記を経たこと、また同じく第一審判決別紙目録(二)記載の建物(以下第二物件という。)につき昭和三四年一〇月一〇日被上告人主張の内容の根抵当権を設定した際、これとあわせて貸金債務六〇万円を担保するため停止条件付代物弁済契約を締結して右根抵当権設定登記と同時に所有権移転の仮登記を経たこと、そして第一、第二物件とも昭和三五年五月二五日被上告人において債務を弁済しなかつたので上告人に所有権が移転したとしてその旨の所有権移転登記がなされたこと、その後被上告人は上告人に対し右代物弁済契約は訴外勝一、同きそが被上告人に無断で上告人と締結したものであるから無効であるとして第一、第二物件に対する上告人の所有権取得登記の各抹消登記手続を求める訴を提起し、反面上告人もまた被上告人に対し右代物弁済が有効であることを前提として、第一、第二物件を上告人に明け渡すことを求める訴を提起し、右二つの訴訟は津地方裁判所熊野支部において併合審理された結果、昭和三七年二月五日被上告人の主張どおり第一、第二物件に対する代物弁済契約は、訴外勝一、同きそが被上告人に無断で締結したものであつて、被上告人にその責任はなく、したがつてこれに基づく代物弁済も無効であるとして、上告人に所有権取得登記の抹消登記手続を命じ、上告人の主張を全面に排斥した被上告人勝訴の判決がなされ、この判決は同年二月二五日確定したことが認められるというのである。さらに原判決によれば、右第一物件に対する代物弁済契約と極度額八〇万円の根抵当権設定契約とが同一機会になされたものとなつており、また第二物件に対する代物弁済契約と根抵当権設定契約とが同一機会になされたものとなつており、右の如く、そのうちの代物弁済契約が判決をもつて前記理由で無効であると判断されている以上、通常の注意を払えば代物弁済契約と同じく根抵当権設定契約も同様の理由により無効であろうと考えるのは当然であり、また右契約の中間時期に行なわれたとされている第一物件に対する昭和三四年七月二九日付の根抵当権設定契約も同様の理由で無効ではないかとの疑いを抱くべきが当然であるのにかかわらず、上告人は、前記別件判決が確定した後である昭和三七年一二月一七日たまたま前記各根抵当権設定登記が抹消されていないとの一事に基づき、右根抵当権の存否につき慎重な調査方法を講ずることなく、あえて津地方裁判所熊野支部に対し第一、第二物件につき不動産競売の申立をしたというのである。そうだとすると、このような事実関係の下においては、上告人は、右競売申立にあたり、前記各根抵当権の不存在について、かりに故意がなかつたとしても、少なくとも社会通念上過失があつたとした原審の判断は正当であるというべきである。しかして、右競売裁判所は、右競売申立に基づき同日競売開始決定をし、さらに競売期日の指定、公告等の手続を進めていたこと原判決の確定するところであるから、被上告人がこの競売手続を阻止する手段を講じなければ、被上告人の第一、第二物件の所有権の行使に一層重大な障害を惹起すること明らかであり、被上告人が右競売手続上の異議の申立等によりその手続の進行を阻止するにとどまらず、かかる根抵当権の実行を窮極的に阻止するため、根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める本訴提起に及んだことも、けだしやむえない権利擁護手段というべきである。

思うに、わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。したがつて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

ところで、本件の場合、被上告人が弁護士浜口雄に本件訴訟の追行を委任し、その着手金(手数料)として支払つた一三万円が本件訴訟に必要な相当額の出捐であつたとの原審の判断は、その挙示する証拠関係および本件記録上明らかな訴訟経過に照らし是認できるから、結局、右出捐は上告人の違法な競売申立の結果被上告人に与えた通常生ずべき損害であるといわなければならない。したがつて、これと同趣旨の原審の判断は正当である。さらに、上告人の過失相殺の主張を排斥した原審の事実認定も正当として首肯することができる。結局、原判決には何等所論の違法がなく、論旨はすべて採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

上告代理人和田栄重の上告理由

第一点<省略>

第二点 原判決には判決に影響をおよぼすこと明らかなる法令適用の誤がある。

(1) <省略>

(2) 原判決は、被上告人がわの弁護士費用の損害賠償請求を認容されたが、右判決は以下のべる理由により違法であり、破棄を免れないものである。

(A) けだし、不法行為の被害者がその不法行為にかんして提起した訴訟のために要した費用であつても、判決において、言渡された訴訟費用以外のものは、――弁護士費用も――不法行為による損害としてその賠償を請求することはできない(民事訴訟法七二条――訴訟費用にかんする同法の規定は民法適用の範囲を制限する)と解すべきだからであり(大審明治三二年一三二号同年一〇月七日民一判、民録五輯九巻五八頁、民抄録四巻六二九――同趣旨大審大二年(れ)二六七二号同三年三月二日)、本件弁護士費用にかんする損害賠償請求も同様に考えらるべきだからである。

(B) さらに、被上告人はさきに、第一、二物件にかんし別件訴訟を提起しているが、これと本件根抵当権の設定とが同じ事実的な基礎に立つというのであれば、当然右訴訟のさいあわせて本件も訴求すべきであつたし、そうすれば本件の如く二重の訴訟になることもなく被上告人としてもその主張するような弁護士費用の出捐を必要としなかつた筈である。

(ⅰ) したがつて、不法行為と本件弁護士費用の出捐(損害)との間に因果関係はない。

(ⅱ) またそれを、のちにいたつて別訴で根抵当権設定の無効を理由としてその抹消手続を求めるのは重大な過失というべきである。

原判決はこの点にかんし被上告人がわにも、「さきの訴訟の際併せて本件根抵当権の抹消手続を求めるが至当であるにもかかわらずそれを求めなかつた点に責任がないとはいえないとしても、すくなくとも本件訴訟提起を余儀なくした直接の原因が被告(上告人)自身の不法行為にある以上過失相殺を認むべきでないと解」されたが、別件訴訟のさいあわせて本件権利の存否の確定を求めることを怠り、その結果余分の弁護士費用出捐をよぎなくした被上告人がわの過失をまつたくとわず、過失相殺をみとめなかつた原判決には、過失相殺の法理をあやまつて解した違法があるといわざるを得ない。

(C) なお、弁護士の報酬額というものは実際上極めて不同であり、一度その請求をゆるすといわゆる濫訴の弊を生ずるおそれもあり、この点から、被上告人がわにも責むべき債務不履行はなかつたか過失相殺をなすべき場合でなかつたか等につき充分慎重に審理すべきであつたのに、かかる点につき充分の考慮をしないで、直接の原因が上告人自身の不法行為にあるということのみの理由で上告人の過失相殺の主張をしりぞけ直ちに弁護士費用の賠償請求を認めた原判決は違法といわなければならない(大審昭和一七年(オ)三四〇号、同一八年一一月二日民刑総聯判、民集二二巻一一七九頁)。

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